谷川流ファンが分析する「涼宮ハルヒ」とそれ以外の作品たち

谷川流という作家を知っていますか? 『涼宮ハルヒの憂鬱』で一躍有名になったライトノベル作家です。この作品はライトノベルの中でも特にメディアミックスされて多くの人を虜にしました。では「ハルヒ」以外の作品は? というと……? 谷川流ファンの私がその魅力を分析・考察したいと思います。

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『涼宮ハルヒの消失』と『学校を出よう!』の共通点と絶対的違い

      2015/10/22

涼宮ハルヒのアニメ化は原作4巻・『涼宮ハルヒの消失』の劇場アニメが最後となる。

作者・谷川流としても思い入れのあるエピソードであろう。

 

『涼宮ハルヒの消失』

 

『涼宮ハルヒの消失』では宇宙人・未来人・超能力者が涼宮ハルヒと共にいなくなってしまう。

ただいなくなるのではなく、存在しなかったことになるのだ。

色々模索するうちに冷静になった主人公はふと気が付く。

これこそ当たり前の現実ではないか。

 

『涼宮ハルヒの消失』口絵

 

そもそもいままでがおかしかったのだ。

涼宮ハルヒや宇宙人(以下略)がいたことが異常なのだ。

 

それでも何故このようなことが起こったのか知りたくもある。

 

調べ続ける主人公に究極の選択が科せられる。

元の世界に戻すか、否か。

 

涼宮ハルヒのいる、おかしな世界か。

涼宮ハルヒのいない、普通の世界か。

 

これは主人公に当事者としての自覚をもたらすものである。

 

『涼宮ハルヒの消失』口絵

 

それまでの主人公は傍観者だった。

自分は何の変哲もない凡人で、彼らの起こす事件に巻き込まれただけだ、と。

彼らと関わり続けたいのかどうか、主人公に問うのである。

 

『涼宮ハルヒの消失』

 

結果は、いわずもがな。

 

これと同じようなことを谷川流はすでに書いていた。

『学校を出よう!-escape from the school-』の1巻だ。

しかしこれは一言で言うなら、詰め込み過ぎた。

『涼宮ハルヒ』では4巻までの積み重ねがあり、主人公に対する感情移入も十分だ。

しかし『学校を出よう!』では最初の1巻ということもあり、それらが不十分のままに究極の選択を突きつけられる。

 

読者からしてみればなぜそうなったのか訳が分からない、という印象が強い。

「この作品はつまらない」そう感じるものの大半は、読者の理解不足が原因だ。

 

さて、改めて『学校を出よう!』の解説をしよう。
妹の幽霊に取り憑かれた主人公は超能力も持たないのに超能力者が集められた学校に入れられる。

ここで重要なのは主人公が超能力に対して無関心を貫いていること。

自分は超能力者でもなんでもない。

だからあんたたちのおかしな事件には関係ないし興味もない、と。

涼宮ハルヒの主人公が、自分はただの人間、傍観者だ、としているのと同じだ。

 

そんなある日、主人公は事件の調査を頼まれる。

学校外で超能力が原因の災害が発生したからである。

超能力がなんらかの影響を及ぼし、発生する災害。

それが超能力者のいない一般世間で起きた。

 

『学校を出よう!-escape from the school-』挿絵

 

ネタバレ御免の結論を言うと、学外で起きた超能力災害の原因は主人公の妹の幽霊。

彼女一人の存在が学内では留まらないほどに大きな悪影響を及ぼしているのだ、と。

 

ここで究極の選択。

妹の幽霊を消滅されるか、否か。

 

彼女をそのままにすると、一般世間でも超能力災害が発生し、おかしな世界が出来上がる。

主人公の一存でおかしな世界を作るかどうかが決まる。

 

結果、妹の幽霊は消滅し、世間は元通り。

おかしな世界はこの隔離された学校だけ。

主人公はもはやこの学校にいる理由もないのだが、居続けることにする。
『学校を出よう!-escape from the school-』1巻

 

こうして書いてみるとこの作品で谷川流が何を表現したいのか分かるが、実際に読んでみると理解に苦しむ。

後続の巻はハルヒと同等かそれ以上に面白いだけに、最初の1巻がこれなのは非常にもったいない。

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