谷川流ファンが分析する「涼宮ハルヒ」とそれ以外の作品たち

谷川流という作家を知っていますか? 『涼宮ハルヒの憂鬱』で一躍有名になったライトノベル作家です。この作品はライトノベルの中でも特にメディアミックスされて多くの人を虜にしました。では「ハルヒ」以外の作品は? というと……? 谷川流ファンの私がその魅力を分析・考察したいと思います。

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『ボクのセカイをまもるヒト』メタバトルコメディって何?

      2015/10/22

『ボクのセカイをまもるヒト』は谷川流ファンでもさすがにフォローしきれないくらいに悲惨な作品だ。

 

『ボクのセカイをまもるヒト』
2007年、ハルヒブームが続く中発表された谷川流の新作には多くのファンが期待しただろう。

だが、あまりにもひねくれまくったこの作品はわずか2巻+雑誌連載分の番外編で打ち止め。

谷川流の性質をよく理解した者であれば、深読みしたの上でこの作品の面白さを見出せるであろうが。

今ここで書くこともそんな深読みの上での憶測も込めた解説であることを了承いただきたい。

 

以下、『ボクのセカイをまもるヒト』のあらすじ。

 

主人公・朝凪巽はごくごく平凡な高校生。

ある日突然家に帰ると見知らぬ女の子が、

「お前を守る」

と言ってきた。

 

『ボクのセカイをまもるヒト』

 

そして、帰宅途中に何故か巽に懐いてきた幼女と突然戦い始める。

なんとかその場を収め話を聴くことが出来た。

 

彼女たちはそれぞれ別々の異世界からやってきた。

現在、7つの異世界が重なり合い、互いに干渉している。

それが争いとなり、その中で朝凪巽は鍵となる存在だという。

 

何故自分なのか?

 

巽は問うが、彼女は知らないと答える。

 

私はただお前を守れを言われた、そしてその使命を遂行するだけ、理由など必要ない。

 

と。

 

その後、巽の命を狙う者も現れ、人知を超えた異世界人同士のバトルが繰り広げられる。

 

『ボクのセカイをまもるヒト』

 

さて、この作品の中で最も特徴的なのが、理由がさっぱり分からない、という点である。

朝凪巽はどうして命を狙われるのか?から始まり、彼を守る人も狙う人もどんな事情があるのか分からない。

それらを納得させるに足る理由が全く提示されない。

そこに読者は疑念を抱き、つまらないと感じる一端でもある。

 

これはメタファー。言い換えると、皮肉だ。
物語を創作する中で気を付けなければならないのがアイデアの重複。

もし他作品とネタがかぶってしまえば、それが非意図的であってもパクリの汚名を着せられる。

パクリの汚名を回避するにはどうすればいいのか。

その簡単な方法が、世界観設定というものだ。

 

例えば、手から何かビーム的なものを出す技があったとしよう。

ドラゴンボールのカメハメ波とか幽遊白書の霊弾(レイガン)とか。

前者は気合いとかそんなもので、後者は霊気とか妖気とかそんなものだ。

世界観設定が違えば、技自体はそっくりでも、別物であり、パクリとしては扱われない。

乱暴な話、世界観を変えてしまえばパクっても構わない、ということにもなる。

これにより物語でさえもパターン化してそこに独自の世界観を与えればいい。

 

そういった風潮を皮肉ったものがこの『ボクのセカイをまもるヒト』なのだ。

 

『ボクのセカイをまもるヒト』

 

それらしいシチュエーションを用意すれば、後は戦う理由なんてどうだっていい。

朝凪巽は主人公、彼を守るものと狙うものと2つの陣営に分かれて戦う。

これで物語は出来上がる。

そういったメタファーをこの作品は示しているのだ。

 

念のために補足すると『学校を出よう!』でいう所の『上位世界の存在』にあたる人たちがいる。

つまり、裏でこの世界を動かしている者たちのことだ。

主人公の姉もその中の一人だと思われる。

 

朝凪巽を主人公とした物語は仕組まれたもの。

何のためにそんなことをしてるのかは分らないし、シリーズ打ち止めとなった今では分かる術もない。

見ようによっては、読者のために面白い舞台を彼らは用意している、というようにも見える。

 

『ボクのセカイをまもるヒト』はとかくそんなメタファーだらけの未完作品だが、興味を持ってくれたらうれしい。

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