読書する女性3

『絶望系 閉じられた世界』について。
どれもひねくれてはいるが面白い(はずの)谷川流作品だが、これだけは自信を持って面白くないといえる。
登場人物のほぼ全てがひねくれているという言葉では優しすぎるくらい狂っている。

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『絶望系 閉じられた世界』のあらすじ。

主人公の友人の家に突然やってきた天使と悪魔と死神と幽霊。
何をしたいのか分からない傍若無人な闖入者たちは全くもって中身のない会話ばかり。
耐えかねた友人は主人公に助けを求めるが主人公には何をすることもできない。
何のために彼らは現れたのか。彼らは一体何をしたいのか。
ただ一つ分かることは、理不尽で不条理な事に巻き込まれた、ということだけ。
狂気に満ちた3日間の幕開け。

なんだかとても短いあらすじになってしまった。でも実際書けることはこれぐらいしかない。
始まりから終わりまで何もかもが狂っている。主人公を含めて。
というよりも、『絶望系 閉じられた世界』に登場する人間で最も狂っているのは主人公かもしれない。
唯一の良心は主人公の友人。彼だけはまともだ。
おしゃべりな天使は死神と共に主人公の友人を一番に困らせる。
彼女たちはとにかく残酷で理不尽なことばかり言い放つ。
でも、それも一つの真実なのかもしれない。
現実は明るく楽しいことばかりではない、残酷で、理不尽で、不条理なことばかり。
人間が目を逸らしたくなる様なことを平然と言ってのけるのである。

そしてなにより、エロい。
死神は見た目は幼い女の子なのだが、彼女は主人公の友人に性行為を要求する。
至って常識的な主人公の友人は断固として拒絶する。
死神は彼を誘惑するべく、人間の性に関して天使と共に熱い議論を交わす。
そんなことがある一方で、主人公は幼馴染の妹(小学生)と交際しており、
二人が性行為に耽っていると思しき描写もされる。
成人が未成年者に性的な行為をすることは法律で禁止されているが、
未成年者同士の性行為を取り締まることは法律ではできない。
もちろん、常識を以てその行為を非難することはできる。
しかし、どれだけ常識を説いてもやめるかやめないかは本人たちの意思次第。

不条理に満ちた、理不尽で、残酷な世界。
それでもそれが私たちのいる世界、『絶望系 閉じられた世界』なのだ。

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『ボクのセカイをまもるヒト』は谷川流ファンでもさすがにフォローしきれないくらいに悲惨な作品だ。
2007年、ハルヒブームが続く中発表された谷川流の新作には多くのファンが期待しただろう。
だが、あまりにもひねくれまくったこの作品はわずか2巻+雑誌連載分の番外編で打ち止め。
谷川流の性質をよく理解した者であれば、深読みしたの上でこの作品の面白さを見出せるであろうが。

今ここで書くこともそんな深読みの上での憶測も込めた解説であることを了承いただきたい。

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以下、『ボクのセカイをまもるヒト』のあらすじ。

主人公・朝凪巽はごくごく平凡な高校生。
ある日突然家に帰ると見知らぬ女の子が「お前を守る」と言ってきた。
そして、帰宅途中に何故か巽に懐いてきた幼女と突然戦い始める。
なんとかその場を収め話を聴くことが出来た。
彼女たちはそれぞれ別々の異世界からやってきた。
現在、7つの異世界が重なり合い、互いに干渉している。
それが争いとなり、その中で朝凪巽は鍵となる存在だという。
何故自分なのか? 巽は問うが彼女は知らないと答える。
私はただお前を守れを言われた、そしてその使命を遂行するだけ、理由など必要ない、と。
その後、巽の命を狙う者も現れ、人知を超えた異世界人同士のバトルが繰り広げられる。

さて、この作品の中で最も特徴的なのが、理由がさっぱり分からない、という点である。
朝凪巽はどうして命を狙われるのかから始まり、彼を守る人も狙う人もどんな事情があるのか分からない。
それらを納得させるに足る理由が全く提示されない。そこに読者は疑念を抱き、つまらないと感じる一端でもある。
これはメタファー。言い換えると、皮肉だ。
物語を創作する中で気を付けなければならないのがアイデアの重複。
もし他作品とネタがかぶってしまえば、それが非意図的であってもパクリの汚名を着せられる。
パクリの汚名を回避するにはどうすればいいのか。その簡単な方法が、世界観設定というものだ。
例えば、手から何かビーム的なものを出す技があったとしよう。
ドラゴンボールのカメハメ波とか幽遊白書の霊弾(レイガン)とか。
前者は気合いとかそんなもので、後者は霊気とか妖気とかそんなものだ。
世界観設定が違えば、技自体はそっくりでも、別物であり、パクリとしては扱われない。
乱暴な話、世界観を変えてしまえばパクっても構わない、ということにもなる。
これにより物語でさえもパターン化してそこに独自の世界観を与えればいい。

そういった風潮を皮肉ったものがこの『ボクのセカイをまもるヒト』なのだ。
それらしいシチュエーションを用意すれば、後は戦う理由なんてどうだっていい。
朝凪巽は主人公、彼を守るものと狙うものと2つの陣営に分かれて戦う。これで物語は出来上がる。
そういったメタファーをこの作品は示しているのだ。

念のために補足すると『学校を出よう!』でいう所の『上位世界の存在』にあたる人たちがいる。
つまり、裏でこの世界を動かしている者たちのことだ。主人公の姉もその中の一人だと思われる。
朝凪巽を主人公とした物語は仕組まれたもの。何のためにそんなことをしてるのかは分らないし、
シリーズ打ち止めとなった今では分かる術もない。
見ようによっては、読者のために面白い舞台を彼らは用意している、というようにも見える。

『ボクのセカイをまもるヒト』はとかくそんなメタファーだらけの未完作品だが、興味を持ってくれたらうれしい。

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「涼宮ハルヒ」シリーズも「学校を出よう!」シリーズもその4巻目は大きな盛り上がりを見せる。
どちらもシリアスなミステリー展開に読者をハラハラドキドキさせてくれる。
『涼宮ハルヒの消失』は言わずもがな、『学校を出よう!』はシリーズ初めてにして唯一の超能力者バトルがある。

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さっそく『学校を出よう!4-final distination-』のあらすじ。

超能力者が集められたEMP学園は全部で3校存在する。その3校に謎の文書が送られた。
『中島数花 危険    インスペクタ』
誰が何のために送ってきたのか分からないが、さっそくこの少女を調べてみる。

しかし、EMP能力を持っているわけでもなく、さして危険があるとも思えない。
調査を切り上げ、少しの監視をしていたところ、中島数花は突然家出をした。
家出の前と後で中島数花から超能力が感知されたり消えたりする。
何かが起こっていることは確かだ。ひょっとすると彼女はとんでもない超能力の持ち主なのかもしれない。
3つのEMP学園はそれぞれ中島数花を保護するための捜査隊を派遣する。
出来れば自分たちの手にしたい。そんな思惑が交錯する三つ巴の戦いが始まる。

ここからはネタバレを含むより詳しい内容を。

家族に話を聞いたところ、中島数花は家出直前記憶に錯綜が見られた。
家出の後も行き先が定まっておらず、どこを目指しているのかもあやふやだった。
このことから中島数花は多重人格ではないか、と予測される。
多重人格で、ある人格の時のみ超能力が発露するのではないか、と。
どうでもいいことをここに挿入、サブタイトルの英語は訳すと『終着点』である。

だがしかし答えはNO。正解は並行世界。
中島数花は強制的に並行世界を移動させられているのだった。
家族が言っていた記憶の錯綜とは並行世界による誤差なのだ。
読者としては、多重人格説で一瞬納得をしてしまう。
場面転換の度に中島数花の視点に移るのだがその時に、
○○へ行こうとしていたのに別の電車に乗っている、
という多重人格説を確信させられる描写を読者は見せられる。
と同時に、ペットの犬に関して前と後で全く異なることを言う(モノローグだから考える?)。
例え多重人格であってもペットの数などに違いはあるまい。ならばこれはどういうことだ?
と、読者を混乱に陥れる巧妙な手口でこの作品は構成されている。

『別の世界』の中島数花は世界を破壊する力を持っていた。
しかし、その力を制御できず、遠からず世界は崩壊する。
ならばということで、この中島数花を並行世界へ飛ばしてしまえばいい、となった。
玉突きの要領で一つ一つ移動していく。いわば、爆弾の横流しである。
後の5,6巻で上位世界の存在が明かされるのだが、
中島数花の並行世界移動は彼らにとってもイレギュラーの事態だった。
この危険を促すために彼らはEMP学園に例の文書を送ったのだ。

並行世界といえば、タイムパラドックスと一緒に描かれることも多い。
過去が変わり、世界が改変される、自分の知っていた世界とは違う未来になる。
だが、並行世界移動をするのが主人公ではない、という点がこの作品の最大の特徴であろう。
主人公が違う世界を見て驚くのがこの手の王道パターン。
そうして考えてみると、涼宮ハルヒが王道、学校を出よう!は邪道といっても過言ではない。
中島数花以外にも事件を解決するために並行世界を移動する人がいるのだが、
その人が見てきたある重要な事実(シリーズが続けば関わったであろう伏線)を主人公は知ることとなる。
そのまま5,6巻に続く伏線となる物語だけに一気に風呂敷を広げた感がある。
ちゃんと畳めなかったけど…。

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『学校を出よう!』の3巻は異質な存在である。悪い意味ではなくいい意味で異質だ。
小難しいテーマを主としているこの作品の中で唯一、面白事件を扱った内容だ。
雰囲気はどちらかというと涼宮ハルヒシリーズに近い。
物語は前半部と後半部に分けることができ、前半のシリアスを覆す後半のコメディーが特徴的。

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『学校を出よう!』の3巻、あらすじは次の通り。

超能力者が集うEMP学園。
その学生寮から女子生徒が失踪する事件が起きた。
この学園は超能力者を世間から隔離するためのもの。
無断外出であれば即座に学園側から捕獲命令が出る。
しかし、学園はこの女子生徒の失踪を全く気にした様子もない。
学生寮で同室の、失踪した女子生徒の親友だという少女が生徒会に尋ねるもすげなくあしらわれる。
生徒会副会長が「事件の調査なら妖撃部の光明寺茉衣子に頼め」と言う。
光明寺茉衣子は生徒会役員でもあるが、生徒会の仕事ではなく個人的な依頼である点に納得がいかない。
人一人が消える、そんな事件に学園側は何もしないなんておかしい。
この失踪事件の裏にはどんな真実が隠されているのか。

とさんざん煽ってみましたが、容赦なくネタバレをいたします。
そうしないと『学校を出よう!』3巻の後半部が語れなくなってしまうので。
ネタバレが嫌な方はここで戻ってください。

この事件、答えは偽物の存在。
超能力によって、偽物の存在が生み出されたのだ。失踪事件は、その偽物が消えただけ。
だから学園側も何も気にせず放置した。本物の女子生徒は超能力を失い、正規に退学していた。
事件は解決したかに見えたが、ここからが本番。
真相が分かった時点でこうなることは予測できたはず、と光明寺茉衣子は言う。
偽物が、氾濫した。
先の事件では本物は退学していなくなっていたが、今回は本人がいる目の前に偽物が現れたりもする。
なにより光明寺茉衣子。彼女の偽物が、大量発生した。
ここからコメディーと少しの感動が始まる。

偽物は生み出した人のイメージによって作られる。これが今回のテーマ。
先の失踪事件では失踪した女子生徒の親友だという子のイメージで作られた。それが本物との齟齬を生む。
事件の調査で聞き取りを行うとそれが浮き彫りとなる。失踪した女子生徒は八方美人で誰とでも親しい。
依頼人である親友の子のことも数ある友人の内の一人、ぐらいにしか思っていなかった様子。
親友だと思っていたのは事件を依頼した彼女の幻想に過ぎなかった。
後の光明寺茉衣子増殖事件では、本当の彼女を、ありのままの彼女を、きちんと見て、きちんと理解して、
それでいて彼女を好いていてくれる人はいるのだろうか、と問われる。それが本当の親友ではないのか、と。

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ハルヒブームの真っただ中に『涼宮ハルヒの分裂』は発売され、
それから4年の沈黙を待って『涼宮ハルヒの驚愕』が発売された。

物語はある地点から二つの並行世界が同時進行する。
早くも結論から言うと、悲劇を回避するためにハルヒが無自覚に力を行使した結果。
このままではいけない、でも助けるすべがない。その結果並行世界を生み出した。
涼宮ハルヒが仲間を守るために、無自覚とはいえ、初めて力を使った瞬間である。

涼宮ハルヒは自由に世界を創り変えることができる、いわば神のごとき力を持つ。
学校を出よう!ではハルヒに該当する『上位世界』なる謎の存在がいる。
5,6巻(今のところ最終巻)はこの上位存在によって物語が改変、修正されていくのだ。
初めて目次を見た時の、第○章・A、第○章・B、第○章・C~、は衝撃的だった。
あらすじはなし。要点を絞って説明する。
とある奇怪な事件が発生し、その究明、解決が物語の大筋なのだが、
その裏で、上位世界の干渉に気付きつつある人物が自説を披露する。
読者としてはその解説を聞きながら並行して、改変される物語を読むことになる。
その解説を分かりやすくまとめよう。

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例えば、小説の結末が気に食わなければ、変えてしまえばいい。自分の手で、自分の望む結末にしてしまえ。
厳密に言うと著作権に抵触するが、個人で勝手に楽しむ分には問題ないだろう。
漫画やアニメの同人誌なんかもそう。歴とした違反だが。
とかく、その小説に対して作者のみならず我々も『上位世界』即ち、神に等しい存在である。
その世界を自由に創り変えることができる。
それと同じように、我々に対する『上位世界』があり、この世界を創り変える神がいるのではないか、と。
実際、彼らは小説の一登場人物なのであるから、これはメタ発言もいいところだ。

ちなみに今更ではあるが、『涼宮ハルヒの分裂』『涼宮ハルヒの驚愕』と『学校を出よう!』の5,6巻を比較するのは間違いである。
ただ物語がA・Bと記号で分かれている、という点でこじつけてみた。
学校を出よう!の5,6巻は世界のやり直し、リセット理論の物語。
涼宮ハルヒの分裂、驚愕は、世界が二つに分かれた後に融合することで事件を解決する、という未だかつてない物語。

・・・と、これを書いていて思い出した。
涼宮ハルヒシリーズのイラストレーター・いとうのいぢ。
彼女が手掛けたアダルトゲーム『Flyable Candy Heart』。
実はこの作品、二つの並行世界が一つに融合する、という内容なのだ。
しかもよりによって『涼宮ハルヒの驚愕』以前に発売されている。
まぁ、分裂と驚愕の間に4年のブランクがあったし、分裂の時点で結末はできているのでハルヒのほうが先ですがね。

とかく、『学校を出よう!』の読者が『涼宮ハルヒ』の分裂を読んだときに5,6巻を思い出したであろうことは間違いない。
この物語もまたユニークな内容なので、谷川流ファンならずとも、ぜひとも読んでいただきたい。

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『学校を出よう!-escape from the school-』の中で最も人気があるのはおそらく2巻、次に3巻だろう。
1巻は小難しさが目立って不人気なのに対し、圧倒的に物語が面白い。
超能力者がいる学校ではなく、全くの一般人が変事に巻き込まれる物語であり、
1巻を読んでいなくても2巻が読めるところが特徴的。
それでも2巻を読んでいた方が面白い一面もあり……。

みんなで読書

さっそくあらすじを。
主人公は気が付くと雨の降る住宅街で佇んでいた。
手には血の付いた包丁、腕には返り血。
記憶を探ってみるが何も思い出せない。
思い出せるのは6月18日金曜日の放課後だった。
混乱する中、誰にも見られないように急いで帰宅する。
自分の部屋に入ると、そこにはもう一人の自分がいた。
そいつが言う、お前は今日の俺なんだろ、と。
さらに、俺は3日前6月18日金曜日の俺だ、とも。
主人公はデジタル腕時計で日付を確認して愕然とする。
表示されていたのは6月24日木曜日。
3日前の俺と3日後の俺が『今日』、6月21日に遭遇した。
3日後の俺は血まみれの包丁を手に、6日間の記憶がない。
今日の俺は家に帰らず、不可解な行動をとる。
はたして『俺』は3日後に何をしてしまうのか。

いわゆるタイムパラドックスである。
3日後の主人公が記憶喪失なのは、未来の人間が過去に行って歴史を狂わせてしまわないために、
その未来までの記憶を無くしてしまう、という説に依る。
ついでに言うと結末は、予定調和、である。
これは、未来から来た人が過去を変えてしまうのではなく、
未来から来た人が行動することもその歴史の中の決定事項、という話。
逆に、未来から人が来なかったら違った歴史になってしまう。
さらには、卵が先かニワトリが先か、の矛盾も起こる。
主人公は未来、過去、現在の3人登場する。
本編では英語のアフター(後)ビフォー(前)ナウ(今)からそれぞれABNと割り振られる。
AのためにNが必要で、NのためにBが必要で、BのためにAが必要。
始まりはどにあるのだろうか、と。

涼宮ハルヒシリーズでタイムパラドックスといえば、朝比奈みくる。
彼女は未来からの指令でよくわからない行動をとらされたことがある。
それは予定調和のためだ。
未来の世界で重要人物である少年がいるのだが、
彼の身に起きた『偶然』の出来事を『必然』にするための行動、というオチ。
偶然の出来事でも、それが起こらなければ未来は違ってしまう、
だから必ず起きるように未来人が細工を施しに行く。
また、朝比奈みくるとは別の未来から来たという人も現れた。
彼は彼で自分の未来につながるように行動する。
別々の未来から来た人たちが、自分の未来につながるように過去に干渉する。
未来ネタというよりもパラレルワールド(並行世界)ネタに近い。
こうして深く考えてみると、涼宮ハルヒシリーズも小難しいネタを扱っている。

というわけで『学校を出よう!』は2巻から読むのがオススメです。
構成のネタバレはしましたが、実際の内容についてのネタバレしておりません。
特に意図的に伏せた点もありますので、そこは実際に『学校を出よう!』を読んで楽しんでください。

読書する女性

涼宮ハルヒのアニメ化は原作4巻・『涼宮ハルヒの消失』の劇場アニメが最後となる。
作者・谷川流としても思い入れのあるエピソードであろう。

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『涼宮ハルヒの消失』では宇宙人・未来人・超能力者が涼宮ハルヒと共にいなくなってしまう。
ただいなくなるのではなく、存在しなかったことになるのだ。
色々模索するうちに冷静になった主人公はふと気が付く。これこそ当たり前の現実ではないか。
そもそもいままでがおかしかったのだ。涼宮ハルヒや宇宙人(以下略)がいたことが異常なのだ。
それでも何故このようなことが起こったのか知りたくもある。

調べ続ける主人公に究極の選択が科せられる。元の世界に戻すか、否か。
涼宮ハルヒのいる、おかしな世界か。涼宮ハルヒのいない、普通の世界か。
これは主人公に当事者としての自覚をもたらすものである。
それまでの主人公は傍観者だった。自分は何の変哲もない凡人で、彼らの起こす事件に巻き込まれただけだ、と。
彼らと関わり続けたいのかどうか、主人公に問うのである。結果は、いわずもがな。

これと同じようなことを谷川流はすでに書いていた。
『学校を出よう!-escape from the school-』の1巻だ。

しかしこれは一言で言うなら、詰め込み過ぎた。
「涼宮ハルヒ」では4巻までの積み重ねがあり、主人公に対する感情移入も十分だが、
「学校を出よう!」では最初の1巻ということもあり、それらが不十分のままに究極の選択を突きつけられる。
読者からしてみればなぜそうなったのか訳が分からない、という印象が強い。
この作品はつまらない、そう感じるものの大半は読者の理解不足が原因だ。

さて、改めて学校を出よう!の解説をしよう。
妹の幽霊に取り憑かれた主人公は超能力も持たないのに超能力者が集められた学校に入れられる。
ここで重要なのは主人公が超能力に対して無関心を貫いていること。
自分は超能力者でもなんでもない、だからあんたたちのおかしな事件には関係ないし興味もない、と。
涼宮ハルヒの主人公が、自分はただの人間、傍観者だ、としているのと同じだ。
そんなある日、主人公は事件の調査を頼まれる。学校外で超能力が原因の災害が発生したからである。
超能力がなんらかの影響を及ぼし、発生する災害。それが超能力者のいない一般世間で起きた。
ネタバレ御免の結論を言うと、学外で起きた超能力災害の原因は主人公の妹の幽霊。
彼女一人の存在が学内では留まらないほどに大きな悪影響を及ぼしているのだ、と。
ここで究極の選択。妹の幽霊を消滅されるか、否か。
彼女をそのままにすると、一般世間でも超能力災害が発生し、おかしな世界が出来上がる。
主人公の一存でおかしな世界を作るかどうかが決まる。
結果、妹の幽霊は消滅し、世間は元通り、おかしな世界はこの隔離された学校だけ。
主人公はもはやこの学校にいる理由もないのだが、居続けることにする。

こうして書いてみるとこの作品で谷川流が何を表現したいのか分かるが、実際に読んでみると理解に苦しむ。
後続の巻はハルヒと同等かそれ以上に面白いだけに、最初の1巻がこれなのは非常にもったいない。

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谷川流は電撃萌王で連載している最中に角川スニーカー大賞を受賞した。
それに焦ったのは電撃系列を出版しているメディアワークス。
自分のお抱えの連載作家が他社で賞を受賞したのだからさあ大変。
急ぎ谷川流に何か1作品できないものかと催促をする。
すると、ハルヒとは別の案で考えていた作品がある、とのこと。
受賞が3月で発売が6月。この3か月の間になんとか仕上げ、大賞にあやかり同時に発売。
そうしてできたのが『学校を出よう!-escape from the school-』である。

以下、『学校を出よう!-escape from the school-』のあらすじ。

超能力者が集められた学校、EMP学園。
主人公は何の力も持っていないのにこのおかしな学園に入れられた。その理由は妹にある。
交通事故で亡くなった妹が幽霊になって現れ、以来主人公に取り憑いていのだ。
このおかしな学園では超能力が原因のおかしなことばかりが起こる。
ただの一般人であるはずの主人公はいやいやながらそんなおかしな事件に巻き込まれていく。

この作品には重要なポイントがある。
それは、超能力者は世間から秘匿された存在である、ということだ。
こんなおかしな力はこの現実にあってはならない、少なくともきちんと科学的に説明のつくようになるまでは。
なので学園に通う生徒たちは世間から隔離されているというのが現状。主人公がうんざりするのもうなずける。
この設定に谷川流らしさが出ている。彼は空想の世界ではなくあくまで現実にこだわるのだ。

涼宮ハルヒもそうだろう。なんといってもあのプロローグ。
子供のころに主人公は宇宙人などの空想の存在を夢見ていた。誰でも一度はそういう経験をするだろう。
このつまらない現実よりも漫画やアニメのような世界のほうが楽しい。ああ、俺もそんな世界で生まれたかった、と。
しかし、現実にそんなものはいない。高校生になる頃には現実を思い知り、空想の存在に憧れることはなくなった。
ここから物語が始まる。あくまでこれは現実である、と。何より読者が主人公に感情移入しやすい。

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物語は始まりが肝心。しかし、『学校を出よう!-escape from the school-』は最初の1巻が難解すぎたのが問題だ。
次回から「学校を出よう!」シリーズを「涼宮ハルヒ」シリーズと対比しながら詳しく解説しよう。

ブック

2003年、谷川流は『涼宮ハルヒの憂鬱』で角川スニーカー大賞を受賞。
6月に本が出版され、同時に雑誌『ザ・スニーカー』で涼宮ハルヒの連載小説も始まる。
だが、それ以前から彼は別の出版社の雑誌で連載小説を書いていたのだ。
つまりその作品こそが、谷川流の本当のデビュー作、ということになる。

雑誌名は『電撃萌王』作品名は『電撃!イージス5』。
メディアワークスが出版する季刊誌であるこの雑誌は名前の通り『萌え』を重視している。
そんな雑誌に連載した本作も当然それらしい内容だ。

ブック

以下あらすじ。
大学生になった主人公は大学の近くで暮らす祖父の家に住むことになる。
その祖父は怪しげな研究者として親族からも危険視されており、そのお目付け役も兼ねている。
果たして家に祖父はいなかった、その代わりに5人の美少女たちがいた。
祖父が作ったというロボットが言うには、祖父はとある実験でうっかり次元に亀裂をいれてしまい、
別次元から変な生き物がやってくるようになり、この美少女たちはそれらと戦う正義の美少女戦士である。
そして肝心の祖父は、先日これまたとある実験で別次元に飛ばされて行方不明になってしまった。
というわけで、主人公は変な生き物と戦う美少女たちと共に生活することとなる。

谷川流のデビュー作『電撃!イージス5』は全2巻の10話、と短い作品であるが、季刊誌は3か月に一冊なので2年半かけて完結した作品だ。
これが涼宮ハルヒ以前に『電撃萌王』で連載されたが、なにぶんスローペースなもので、1巻分掲載される前に
作者は角川スニーカー大賞を受賞し、そちらが先に出版されたというややこしい経緯をもつ。
この作品は谷川流の唯一の完結した作品である(ただし単発作品を除く)。

また、彼の作品の中で最も読みやすい作品だろう。
涼宮ハルヒもそうだが、わりと読み込まなければ理解しづらい小難しい話が彼の作品には多い。
というか、それが彼の売りなのだろうが。この作品にはそういった小難しさがないため、非常に読みやすい。

これを見て興味をもっていただけたのなら、谷川流のデビュー作『電撃!イージス5』、ぜひ読んでみてください。
ただし、萌えはあるが、ラブコメはないので主人公と女の子のアレやコレやはないのをご了承ください。

本を読む男性

谷川流という作家を知っているだろうか?
この作家の名前はきいたことがなくても、『涼宮ハルヒの憂鬱』という作品の名前は聞いたことがあるのではないだろうか?

『涼宮ハルヒの憂鬱』は2006年にテレビアニメ化され、2010年には劇場アニメも放映された。
ライトノベルブームの一翼を担った『涼宮ハルヒの憂鬱』である。
その人気ぶりに関連グッズの販売なども多岐に渡り、涼宮ハルヒは、いや谷川流は、角川グループにどれほどの富をもたらしたのだろうか?

しかし、その反動で作者・谷川流はいわゆる『富樫病※』になってしまい、ハルヒシリーズの続編は全くの未定である。
もはや過去のモノと言われても致し方ない。
だが、流行りだなんだで盛り上がっていた人たちにしてみればそうだろうが、
アニメ化される以前から好きだった古参のファンにはそんなこと関係ない。
流行り廃れで作品の良し悪しが変わるわけでもなし、その作品が好きだということに何の問題があろうか。
問題があるとすれば、彼・谷川流の『涼宮ハルヒの憂鬱』以外の作品があまりにも無名すぎることだ。

アニメ化以前のハルヒファンであるならば『ハルヒ以外の作品』も読んでいることだろう。
絶対というわけではないが。
彼らなら分かっているはずだ、『ハルヒ以外の作品』の惨状が。
はっきり言うと、打ち止め。
どのシリーズも(ハルヒを含め)きちんとした結末を迎えていない。
長編小説をかくのはマラソンのようなものだ、とは誰の格言だったか?
ならば、谷川流はどの作品においても完走できずに途中リタイアだ。
彼は体力も気力も足りない。
そんな作品ばかりでも、面白いものは面白いのである。

本を読む男性

谷川流のハルヒ以外の作品は以下の通り。

  • 『学校を出よう!』
  • 『電撃!イージス5』
  • 『ボクのセカイをまもるヒト』
  • 『絶望系閉じられた世界』

※富樫病とは?
HUNTER×HUNTERの作者のことを揶揄した言葉。
彼は幽遊白書で十分稼ぎ、普通に生活する分にはお金に困らないため、ほとんど仕事をしなくなってしまった。
涼宮ハルヒの作者・谷川流も同じ状態なのでは、と疑われている。